あなたが消えたらまどろみに呑まれて僕は死ぬのでしょう

ほぼ初対面の人へのチャットってどこまで踏み込んでいいのやら…

拝啓はいらないでしょ。手紙じゃあるまいし

手紙…しばらく書いてないなぁ

そうか。今は書かないのか。日常でなくとも誰かを思って文を連ねることはもう稀有な手法になったのかしら。LINEやTwitterも用途によっては誰かに向けて言葉を連ねるけど日々の連絡手段とかフランクな感覚だ。幸いにも私の周りは日常的に文字を嗜む人が多いため「あ、あの子に手紙書こう」と思ったら実行して、渡しやすいのだ。

普段接してる相手でも手紙を書いて渡すという行為にハードルを感じる謎現象…覚えがある。日々のやり取りを地上、手紙を渡すをハードルの帯の部分として、その2点の間を占める空白に何があるのだろう。互いに開示してない領域に手を入れるようなものかしら。箱の中身はなんじゃろな。その正体を見ても手を離さないって言い切れる?信じきれる?

そんな無音のやり取りが永久運動のように交わされている。その運動を止めるのが手書きの文字だとしたら、護符的な機能を果たすとしたら私達はやっぱり人間じゃないね。